御巣鷹の尾根

 5/19にあの「御巣鷹の尾根」に登ってきた。今年の8/12で事故から32年です。
慰霊登山というと聞こえはいいが、ちょっとそーいうのでもない感じです。
当時、リアルタイムでTVニュースを見ていて、またその後のニュースも垣間見ながら
映画クライマーズハイなんかも見てますが、やはり現場に行くと伝わってくる臨場感
は今でも雲泥の差でした。

少し暑かったですが天気に恵まれ快適に登れました。
ささやかながらお花を添えさせて頂きました。

登山口です。

登山口前の駐車場、この奥に一段下がって同じくらいの駐車スペースがあります。
朝6:30に高崎駅前を車で出発してここに着いたのが8:40ぐらいだったか。
軽トラが一台とワンボックスが1台先客がいました。軽トラは登山道で出会った整備の人のだと思う。
上信越自動車道 下仁田ICを降りてからはとにかく山深い道を走ります。
特に上州やまびこ街道に入ってからはそれはもう・・・

準備をしてると小型バスで団体さんが到着。ガイドさんもいらっしゃいました。
どこかの研修かな? 年齢層は比較的若く事故当時生まれてないか、物心つく前の人たちの
感じでした。ラップするのは避けたいので少し遅れて出発しました。

現在地からほぼ尾根沿いに登り、「昇魂の碑」まで、そこからいったんB地点まで行き
Aの斜面を降りてスゲノ沢へ降りることにした。

 「昇魂の碑」がある広場からU字溝を望む

ここがB地点のほぼ一番上、高天原山への登山道がつづく
実は、当初この高天原山頂上までの登山を考えていました。調査をすると、道があまり整備され
ていない、頂上の展望はあまり良くない、途中まぎらわしい道があって迷うリスクがある、時間的な
余裕がない。という理由で断念しました。おかげで尾根をじっくり周ることができました。

ここはスゲノ沢へ降りる斜面、見てお分かりと思うが相当な急斜面です。
事故当時こんな整備された道は当然なかったでしょうから、ここでの作業は相当困難を極めた
であろうことが容易に想像できます。これがリアルです。

下に見えるのがスゲノ沢、沢山の墓標がたっています。

ここまでの道すがらにも多くの墓標があって写真も撮りましたが、さすがにそれは自粛しておきます。
この場所は、4人の生存者が発見された場所、一面に散乱した機体の残骸の一番下というか
端というか、の場所。おそらく斜面の木をなぎ倒しながら衝撃を吸収しながらここまで来たのが
幸いしたんではないかと勝手に想像しています。
助かったがために不本意にも有名になってしまった女の子の家族の墓標もありました。

場所は変わって、上野村の「慰霊の園」。ここまでは登山口から30分ぐらい。
事故当時は徒歩で沢ぞいに4時間かかったとのこと。

とのことです。

違う角度から、
正面は展示棟

展示棟にあったビデオ紹介のコーナー
「事故の概要」(だったか)と「御巣鷹の記憶」の2つがあったが、前者はだいたい知ってるので
後者を見た。当時捜索、救出にあたった上野村消防団の隊員らの生のインタビューがあって
生々しくかつ説得力があって見応えがありました。
白状すると、最後に不覚にもうるうるしてしまった。当時の上野村村長、黒澤氏の言葉は
聞くに値します。機会があれば是非!

慰霊の園の裏手の一段高いところに上野村の戦没者の慰霊碑があったのでこちらにもお参りしてきた。

車まで戻る道すがら珍しい人?の歓迎?を受けた。

最後に少し水を差すようで恐縮ですが、こんな現実もあるということで紹介しておきます。
いろんな思いが脳裏をぐるぐる巡っていますが、なにせ文章力がないので言葉にしてしまうと
平べっちゃい物になってしまいます、なのでこの辺で。
ほな、
カテゴリー: 山歩き, パーマリンク

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